猫の感染性腹膜炎(FIP)に関する欧州のガイドライン③ Feline Infectious Peritonitis: European Advisory Board on Cat Diseases Guidelines
有病率と危険因子
ノースカロライナ州立大学獣医学部(1986~2002年)で検査された猫全体におけるFIPの有病率は、全猫11,535匹中60匹(0.5%)であった。アメリカの獣医学教育病院24施設を対象とした後ろ向きデータベース研究では、10年間で397,182件の猫の診察を受け、そのうち1,420匹(0.35%)の猫がFIPと診断されたことが明らかになった。FCoVに感染した猫がFIPを発症する割合は通常10%未満と低く、ある研究では、FCoV抗体陽性の子猫282匹のFIP死亡率は8%であった。ある研究では、季節による変動が認められ、FIP診断の記録件数が7月に最も少なく、1月から4月(冬)に増加することが確認されてる。
ノースカロライナ州の研究では、純血種猫の約1.3%にFIPがみられたのに対し、雑種猫では0.35%であった。オーストラリアでは、FIPに罹患した猫の71%が純血種であったと報告されている。
日本では、FCoV RNA RT-PCR陽性腹水検体377個のうち210個(56%)が1歳以下の猫からのものであり、中国の研究では、FIPが疑われた127頭の猫のうち7歳を超えていたのはわずか1頭であった。複数の猫を飼っている家庭での研究では、慢性的FCoVを排出する猫の数は、FIPの発症率と関連していた。
病因
FCoVは経口感染後、ウイルスはまず小腸絨毛上皮細胞に侵入、増殖し、感染2日後から糞便中に排出される。この感染症は通常、無症状だが、腸炎や上気道症状を伴うことがあり、ごく稀に、非常に重篤で、場合によっては致死的なコロナウイルス腸炎が発症することがある。糞便中へのI型FCoVの排出はさまざまなパターンをとり、ほとんどは、2~3か月間、継続的または断続的にウイルスを排出し、その後排出が止まる。これらの猫は数週間以内に同じまたは異なる株のFCoVに再感染する可能性があるため、免疫は短い。対照的に、I型FCoVに感染した猫の約13%は持続感染キャリアとなり、糞便中にFCoVを持続的に排出する。しかし、実験的にII型FCoVに感染した猫は約2週間ウイルスを排出し、その後排泄は止まる。
臨床症状を示さない持続感染キャリア猫においては、回腸、結腸が持続的なウイルス複製部位となる。腸間膜リンパ節は、腸管からFCoVが拡散する最も可能性の高い最初の部位である。
単球およびマクロファージにおけるFCoV複製は、FIPの発症における重要な要因であり、免疫応答が成功しウイルスを排除するか、弱い免疫応答により、無症状だが、数ヶ月から数年間にわたり糞便中にFCoVを排出するか、異常な免疫反応により、広範囲にわたる肉芽腫性血管炎発生するかである。
単球およびマクロファージへの感染は宿主細胞に依存し、FIPにおけるFCoV感染後の単球およびマクロファージの反応は異常と考えられている。通常、感染細胞は、抗体介在性または細胞介在性の感染細胞溶解を可能にするために、細胞表面にネコ白血球抗原によるウイルス抗原を提示するが、FIPに罹患した猫では、感染したマクロファージはウイルス抗原の表面発現を欠いており、細胞溶解を免れる。
発症した場合、ウイルス血症は感染後約7~14日でピークに達し、その後減少する。そのため、FIPの臨床症状が現れる頃には、ウイルス血症が必ずしも検出されるとは限らず、FCoV RNAを検出するための血液サンプルのRT-PCR検査は陰性であった。しかし、最近の研究ではFIP診断時の血液サンプルのRT-PCR検査でウィルスが検出されることが明らかになっている。これは、FCoVウイルス血症がこれまで考えられていたよりも長い可能性が示唆されている。
FIPの発症は、ウイルスの毒性および量、および猫の免疫反応によって決まる。したがって、ウイルスと宿主の免疫の両方がFIPの発症に関与している。宿主がFCoV感染を排除できる能力は、生後6ヶ月から12ヶ月の間に増加すると考えらるが、FIPは全ての年齢で発症する可能性がある。 FCoVが単球内で自由に増殖できると、単球が静脈壁に付着し、血管の基底膜のコラーゲンを破壊するマトリックスメタロプロテアーゼを放出し、この反応により単球は血管外に漏出し、そこで分化しマクロファージとなる。内皮細胞のタイトジャンクションが破壊されると、血漿が血管から漏れ出す。FCoV の播種には、感染したマクロファージのアポトーシスが重要と考えられている。FIP 急性増悪は、多くの血管から血漿が漏出し、滲出液が腹腔、胸腔、または心膜腔へ貯まることで明らかとなる。
FCoV感染猫のごく一部にFIPが発生し、FIPの水平伝播は非常に起こりにくいと考えられている。同じ家庭の異なる猫から採取された FIP株は、それぞれ固有の遺伝的特徴を示していることから、個々の猫で独立して発生したことが示唆されている。さらに、FIP に感染した猫のうち、FCoV を排出するのはごくわずかで、これは、3c 遺伝子の欠失により変異ウイルスが腸管上皮細胞で複製できないためと考えられている。さらに、FIP の猫の糞便を経口接種してもFIPが伝播しないこと、また、複数の猫を飼育している家庭では、FIP の症例は 1 匹の猫に限定されることが多いことからFIPの水平伝播は非常に起こりにくいと考えられている。。
まれに複数の猫を飼育している環境で、10% 以上でFIP を発症するアウトブレイクでは、過密状態や子猫の大量生産による集団ストレスの増加、遺伝的に素因のある猫の偶発的な使用、新しいFCoV株の導入など、いくつかの要因が働いている可能性がある。